世界に一つだけのおぼん
奥さんとの結婚当初、今から15年ほど前になります。結婚して、間もない頃、実家近くで二人暮らしをしていましたが、お盆休みや正月休みなどには、二人で僕の実家に夕食を食べに帰っていました。奥さんが夫の実家に慣れていくまでの、最初の頃だったように思います。僕の実家には当時、僕の両親とおじいさん、弟の四人で暮らしていました。二人の妹のうち上の妹は結婚して東京で暮らし、末っ子の妹は神戸で一人暮らしいう状況でした。ひと昔前、おじいさんとおばあさん、両親と僕たち四人の子供が同居する二世帯七人家族だった頃と比べれば、子供の成長につれ、実家で暮らす家族が少なくなっていくのもしょうがないと思いました。そんな家族に、僕の奥さんという新しい家族が加わったことは、それまでの家族にとって新たな刺激になり、夕食に訪れた時などは両親のお酒も進み、会話も盛り上がる、とても良い時間だったように思えます。若い頃は、おじいさんとおばあさんと僕の両親の二世帯で食卓を別にしていた頃もありましたが、数年前におばあさんを亡くしてからは、それまで酒癖に難があったおじいさんも年をとり、寂しそうではありながらも、食卓を一緒に囲むようになっていました。ある休みの日、奥さんと僕の実家に帰り夕食を一緒にしました。食卓での会話が一段落したところで、おじいさんが部屋に戻り、あるものを持ってきました。木工細工教室で作ったおぼんを数枚、茶筒もあったように思います。おばあさんが他界してから、日中、持て余す時間の活用と痴呆防止のためか、町内の施設で定期的に木工教室に通っていたそうです。そこで作ったお盆を自慢げに僕と奥さんに説明してくれました。製作中に苦労した点や、お気に入りの作品など、一つ一つ手にとって説明してくれました。ひとしきりの話が終わった後結婚して間もない僕たち夫婦、奥さんに向けて、好きな作品を持って帰るように言われました。奥さんは、器などが大好きなので嬉しく思い、お盆二枚をいただきました。とても嬉しかったのですが、持ち帰って使ってみると元漁師のおじいさんの作品。器用ではありましたが、木工作家のような繊細な仕事とは真反対の分厚く、ずっしりとした重み、なぜか艶出しのニスだけはこの上なく塗ってあり、お盆に乗せたグラスが滑るほど。。なんとも微笑ましいお盆です。それから何年後かに、おじいさんは他界しました。一緒に暮らす事がなく、結婚当初に数回、会話することしかできなかった二人にとってはとても良い形見となりました。器好きの奥さんが少しずつ集めていく作家さんの食器。食器棚が素敵な作家さんの器で埋まっていく中、そこに一緒にあるおじいさんのお盆。なぜか調和して、我が家の定番ツールとなっています。かれこれ10年は使っているでしょうか。厚盛りのニスはいい具合に禿げて、グラスもすべらなくなりました。タフな作りなので、少々乱暴に扱ってもどうってことありません。正解に一つだけ、我が家だけが知る木工作家の逸品です。